22時の催眠術

2 月 17th, 2009 § 0

僕はバンドマンのくせに早寝早起きが習慣になっている。情けない話だが夜十時を過ぎた辺りからそわそわしてくる。せっかく家に友人が遊びに来てくれても、やっぱりその時間になれば、なんとか帰ってもらえるよう心の中で念仏を唱え始める。それでも腰の重いお客が居座るならば、テレビのチャンネルをNHKに合わせたり、洗い物を始めたり、あの手この手と策をめぐらすのである。

僕は幼少の頃、毎晩十時近くになると、「早く寝んな、お化けでるぞ」「歯磨くよ、お化けでっろ」と脅かされ、無理矢理寝かせられていた。まあ、いつもの事だったし、父、母に挟まれて寝ていたので、さほど怖くもなかった。

そんなある日、母が町内婦人会の旅行に行ってしまい、父と二人で寝る事に。僕はなぜだか興奮して、なかなか寝つく事が出来ずにいた。もうじき時計の針は十時を回ろうとしている。布団にもぐり、父と一緒にテレビを見ていたが、内心はそろそろ寝なきゃやばいぞ、と思い始めていた。そんな矢先、トイレから戻って来た父が、まじめな顔をしてこんな事を口にした。

「今階段の下から、獅子丸がこっちを覗いとった」

…シシマル?なんじゃそりゃ。神社におるあれか?僕は小便をちびりそうになった。すると、恐怖におびえる様子をおもしろがった父は、さらにこう続けた。

「腹減っとるから、十一時までに寝ないと襲いに来るって」

食われる、確実に。僕は必死に目をつぶった。だが、そんな恐怖の中で寝られるはずもなく、隣から、父の寝息が聞こえ出したと同時に、僕は観念し、泣き出してしまった。そして、笑いながら冗談だと謝る父を、泣きながら責めたのだった。幼い頃の記憶としては、割と鮮明に覚えている。

先日、石川の実家に帰った際、丁度甥っ子が遊びに来ていた。余程楽しかったらしく、夜十時を過ぎても、帰りたくないと駄々をこねていた。
ついに、業を煮やした父が、トイレから帰って来るなり甥っ子を脅かした。
「ほら、早よ帰らな。ナマハゲくるぞ!」これは二十年数前と同じ手口ではないか。確かに、父の頭はかなり薄いので、「ナマのハゲ」に違いないのだが。

丸刈りの甥っ子は泣きじゃくっていたけど、僕は何だか嬉しくなった。父は二十数年前の獅子丸襲来事件を覚えているのだろうか。

リーグ オブ ジェントルマン

リーグ オブ ジェントルマン

TSUMAMI

1 月 27th, 2009 § 0

「お前ら、アンプの一つや二つ持っとらんと話にならんぞ!ホンマに」

九州出身にも関わらず、うさん臭い大阪弁を話す男に催促され、おとぎ話四人で、楽器屋が並ぶお茶の水の街へと足を運んだ。防音ブースでたくさんのアンプを試奏する牛尾の表情は、本当に楽しそうだったのだが、ん?、その中に、世界限定500台のブライアンメイ(クイーンのギタリスト)モデルのアンプが混じっているではないか。先日、ネットでこのアンプを見かけ、牛尾と一緒に吟味した代物だ。

「牛尾これ!クリッククリック!」
「あっ?メイモデルだ。見た目は普通のVOXっすね。」
「これ買えばあの音出るんじゃねーか?」
「ん〜、でもこれつまみがボリュームしかないっすね。使い勝手ないっすよ。」

何て言ってた癖に、ちゃっかり試奏してやがる、全くかわいい後輩だ、なんて思いながら、僕もどんな音が出るのか気になるので、防音ブースの中に入った。成る程、確かにこれは使えない。いくらギター本体のボリューム、トーンを弄ろうがアンプからはあの音しか出てこないのだもの。なんて頑固なアンプだろう。

ところで、来る2月8日、おとぎ話は千葉LOOKでライブをする。
日本が世界に誇るロックバンド、ミッシェルガンエレファントの、全国ツアー初日はいつもその場所だった。多くのバンドマンに馴染みのある、老舗のライブハウスである。

おとぎ話も何度かギグを行った事はあるが、今回は訳が違う。共演者の中にミッシェルのメンバーがいるのである。レディオキャロラインのウエノコウジさんだ。

高校生の頃読んだ雑誌のインタビューで、ベースアンプのセッティングについて質問された彼は、「つまみ?よくわかんねえから、全部フル10だよ」という問題発言をしていた。当時僕と一緒にバンドをやっていた亀田が、それを真に受けて、轟音の中アンプの前に立ち尽くし、全てのつまみを右側に回しながら、首を傾げていたのを覚えている。

果たしてウエノさんのアンプからはどんな音が出るのか。是非今度の機会に確かめてこようと思う。

ぬいぐるみ

ぬいぐるみ

想い出のサンフランシスコ(後編)

1 月 6th, 2009 § 0

「あいつ、このスティックを見たら、きっと度肝抜かすだろうな。」

学年一つ下のドラマー、ヨシノスケの家の車庫が俺たちの練習場所だった。
灯油の匂い漂う納屋にドラムセットが組まれており、其処にフェルナンデスのミニアンプを三台持ち込んで俺たちは演奏していた。演奏というより、ただ田んぼ相手に喚き散らしていた、といったほうが正確かも知れない。言いたいことなんてなかった。
思春期の苛立に理由なんてない。

中学の時剣道部だった、初心者ドラマー、ヨシノスケは竹刀をスティックに握りかえて毎日のように練習、あっという間に上達した。その頑張る姿に心打たれた僕は、このスティックをヨシノスケにあげたのだった。これをお守りにしてドラム頑張れよ、と。だが後日、いつものように練習場所に行くと、ヨシノスケが何やら神妙な面持ちでこちらの方を伺っているではないか。どうしたというのだ。なんと、練習熱心なヨシノスケは自前のスティックを全部折れるほど使い込んだ挙げ句、しまいには新しいスティックを買う金がないからといって、キュウちゃんのスティックで練習してしまったというのだ。ただでさえボロボロだったスティックがどうなったかは言うまでもないだろう。けれども、誰も文句一つ言わなかった。だって奴の手のひらはマメと内出血で腫れ上がっていたんだから。宝物は無くなってしまったけど、俺たちは代わりに、かけがえのないものを手に入れたんだ。
どうだ、最高にHIPな思い出だろ?

俺たちは最高だった。ミッシェルのコピーも少しずつ形になっていき、レパートリーも増えてきた所で、俺たちはミッシェルの「ブギー」と、一分半のオリジナル曲、ハードコア田んぼブルース「闘牛」の二曲を引っさげてアマチュアバンドコンテストに出場。前越(g、vo)西川(g)亀田(b)ヨシノスケ(d)のカルテットだ。僕はスーツ姿のカートコバーン、亀田の胸にはどでかいモッズマークがそれぞれプリントされていた。プリントごっこで印刷した、自作のイモ臭いTシャツである。ギターの西川英ちゃんはミッシェルの曲をやるにも関わらず、なぜか足下で「グランジ」のエフェクターを踏んでいたし、まじめなヨシノスケは緊張から高熱を出していた。勿論全員カールコードだった。こんな無茶苦茶なバンドだったけど、審査員が田んぼのブルース「闘牛」に釘付けになったらしく、審査員特別賞により、なんと金沢で行われる,北信越大会にまで出場するまでに至った。そこでの結果は散々だったけど、とにかく俺たちは最高にHIPだったんだ。

現在英ちゃんは石川県で女房の尻に敷かれながらも、2児のお父さんになっている。亀田は鈴鹿でサーキットの音を聞きながらサラリーマンをやっている。名古屋、大阪でのライブを見に来るが、その時にたまに自分の着なくなった洋服を持ってきて、プレゼントしてくれるのが嬉しい。僕ほどではないが奴はオシャレだ。ここでこうやって言っておけば、これからは毎回の様に洋服を調達してくれるかも知れない。ただ、モッズマークのプリントTシャツだけは勘弁だけどね。ヨシノスケはどうしてるかなあ?僕がドラムやってるって知ったら、きっとあいつの事だから、また目の色変えて練習するんだろうな。

「ずれたままでいった 帰り道知らない」

そしたら僕もギター練習するから、またいつかこの四人で「ブギー」を演奏
出来たらいいな。

「フラフラ咲いて カラカラ鳴いた」

なんか灯油臭いね。

「続いていくんだろう」

ミッシェルガンエレファント、今でも大好きだ。

Dr.マーチン

Dr.マーチン

想い出のサンフランシスコ(前編)

12 月 15th, 2008 § 0

高速道路、流れる景色の中、チキンゾンビーズを聴きながら、「アベさんはバンドやらんのかなあ」って今まで何度呟いただろうか。

おとぎ話のツアー中の車内BGMで、ミッシェルはマストアイテムだ。ミッシェルを聴きながら各々学生時代の悶々とした記憶を辿るのである。現在、チバさん、クハラさんがバースデイ、ウエノさんがレディオキャロラインで活躍しているのは御存知だろう。僕は高校生の頃、同仕様のテレキャスターギターを購入する程アベさんに憧れていたので、そこにアベさんの名前が出てこないのが、残念で何だか寂しいなと思っていた。そんな折、アベさんが、同じ広島出身の吉川晃司兄貴の年末コンサートでサポートギタリストを務めるという噂を耳にした。硬派なミッシェル党の人には賛否両論あると思うが、この話を耳にしたとき、僕は本当に嬉しかった。興奮しすぎて、おとぎ話のライブに支障が出ないか心配である。これをきっかけにまたあの豪快な、拳の固まりのようなカッティングを聴けるかと思うと、さっきから胃の奥が方が熱くなってきている。

高校一年の冬、丁度10年前、僕は金沢AZホールにミッシェルのライブを見に行った。「ハイチャイナ」から始まった2時間のライブ中、息をのんだまま一度も呼吸できなかったんじゃなかろうか?それくらい衝撃的だった。アンコールの「シスコ」が終わった瞬間、キュウちゃんがスティックを客席に投げた。スティックが空中を舞い、落下地点にたくさんのキッズ達が群がる。花嫁のブーケトスのようだ。まだ放心状態だった僕は、動く気力もなく、その光景をただ眺める事しかできなかった。するとどうだろう、誰もスティックをキャッチする事が出来ず、人の頭の上を伝って、どんどんこちらの方へと近づいて来るではないか。奇跡が起ころうとしている、そう思った時、僕はもう既に、スティックを手の中に握りしめていた。

リムショットでボロボロになったそれを見た時、咄嗟に自分が悪いことをしたような気がして、誰にもバレ無いようにスティックをTシャツの中に隠した。ボロボロのスティックに感動して、僕だけの秘密にしたかったのだ。さらに驚くべきことに、一緒に行った連れが、もう一本のスティックを拾ったといって僕の方に持ってきた。僕はこの時ドラムの神様の洗礼を受けたのかも知れない。とにかく合計二本のお宝をゲットした僕は熱っぽく家路に着いた。

そして後日、僕は当時組んでいたバンド練習に宝物のスティックをしたり顔で持って行った。

革ジャン

革ジャン

食堂

11 月 24th, 2008 § 0

理由なき反抗ツアーで博多に行った際、お昼にしようということで、天神にある「味の正福」という定食屋に入った。老舗の雰囲気が漂う店内はランチタイムのピークも過ぎ一段落付いていたようだ。店の常連であろうおばあちゃんが、僕らの標準語が珍しいのか、頻りにこちらの様子を伺っているのが印象的だった。何を食べようか、僕がいつものように優柔不断っぷりをぷりぷりしていると、横に座っているおとぎ話ご意見番、佐賀県出身の「白髪の九州男児」こと北島が、関鯖にしたらどうかと薦めてくれた。何でも大分県で水揚げされる鯖で、この時期は特別キュッと身がしまっててコリコリしているとのこと。えっ!鯖がキュッとしてコリコリ?その響きが気に入ったので、すかさずキュッとしてコリコリの関鯖を注文するも、本日はもう売り切れたとのこと。おいおい、もしかしたらさっきぷりぷりしていた時に他のお客さんに先を越されたんじゃないか?
今更悔やんでも仕方がない。

「じゃあブリを焼いたのを」

今思えば、この時シュッとしてガリガリの僕が、普段より幾分か低く渋めの声の調子で注文したのは、メンバーに動揺を悟られたく無かったからであろう。

接客を担当しているのは、柴犬のようなつぶらな瞳をした肌つやの良いおやっさんで、定食屋には似つかわしくもない、ブーツと細身のブラックジーンズを上品に穿きこなしている。幾度と無く機嫌を取りにテーブルまできたけど、語尾の切れが心地よく全くうるさくは感じなかった。その内におやっさんが実は幼少期に、横浜の戸塚で暮らしていたという話になった。戸塚といえば有馬の実家のある街だ。僕たちはおやっさんに釘付けになった。そしていろいろ質問攻めすると驚くべき事実が判明した。何とおやっさんは当時、有馬の父さんと同じ小学校に通っており、二学年下の後輩に当たる事が判明したのだ。おやっさんは興奮を抑えきれずに当時住んでいた家から小学校までの通学路、そして近道を説明し始めた。もちろん近所に住んでいる有馬は手に取るように分かるらしく、その坂を下ると云々などと相づちを打っている。つぶらな瞳が一層輝きを増している。無理もない、幼少期の街ほどノスタルジーに浸れるものは無いんだから。あの定食屋で有馬とおやっさんは共に、黄金色の戸塚の街を、通学路を心に描いていたに違いない。

「味の正福」 横浜戸塚から遠く離れた福岡天神で、世代を飛び越え、遠き日の景色が甦ったのである。お腹一杯、胸一杯。ご馳走様でした。そうだ、今度石川に帰省したときは父さんと定食屋に行こう。

赤霧島

赤霧島

出会い系頓知サイトでカモる一休。

11 月 3rd, 2008 § 0

先月、あだち麗三郎君のレコーディングにドラムで参加したのだが、どういう経緯か忘れたけどスタジオに向かう車内が、「一休さん」の話で持ちきりになった。

殿様「やい一休、この屏風に描かれた虎を捕まえてみろ」
縄を片手に一休は考えた。ポクポクポクチーン。
一休「わかりました殿様、私が捕らえますので、まずは殿様、こ
の虎を屏風から出して下さい。」
殿様「こりゃ参った」
  
聞けばこの一休、日々の修行の甲斐があったかどうか知らないが、晩年はプレイボーイになったそうだ。羨ましい限りである。男たるものいくつになっても、いくら修行をしても、煩悩は消えないものですよね、一休さん。

一休「慌てない慌てない、一休み一休み」
出会い系頓知サイトで知り合った女性をラブホテルに連れ込もうとする一休。手にはしっかりと縄が握られている。
一休「君に取り憑いている狐をこの縄で捕まえてやろうか。」
  「ぽくぽくぽくち〜〜〜ん!!」

本当はあだち君とのレコーディングの事を書けば良いのだけど、彼の才能をいちいち文字にするのは失礼なので。

亀様、もう少しだけ

10 月 7th, 2008 § 0

先日、キングブラザーズとの男臭い北国ツアーから東京の自宅へ帰って来た。家の者は仕事に行って居ないはずだが、どうやら奥の部屋の様子がおかしい。何だろうと思い、四畳半の居間を覗くと、出窓のスぺースにあるはずのない水槽が置かれており、その中の敷き詰められた小石の上に緑色の甲羅が並んでいるではないか。何と、カーテンから日が漏れているその先に、二匹の亀が家の留守番をしていたのだ。只でさえ狭い部屋なのに、勝手な事しやがる。

彼らは文字通り首を長くして待っていた。僕が帰ってくると、餌を要求しているのか、水槽をよじ登ろうとガリガリ音をたてた。ツアーの疲れで気が立っていたので、引っ張り出して踏みつぶしてやろうかと思った程だ。見れば手紙が添えてある。「一日三回餌を与えて下さい。」誰がくれてやるもんか、僕は知らぬ振りをして、珈琲を飲み、荷物を片付け、洗濯を終わらせた。洗濯物を干している最中、背後に視線を感じ振り返ると、二匹揃って納得のいかぬ顔をしてこちらを伺っていた。だが僕にその気がないことが分かると、観念したのであろう、各々じゃれあったり、小石を掘るなどして暇を潰し始めた。

三十分くらいテレビを見たまま、うとうとしていたのだが、そういえば水槽の方が先程とはうって変わって、嘘のように静まりかえっているではないか。遊び疲れたのか、それとも僕が餌をあげないせいで元気が無くなってしまったのか。もう夕方になる。朝から何も食べてないのかしら。段々気になってきて、説明文に書いてある通りの用量10粒よりも2、3粒多く手に取り、水槽に落としてやった。すると半分甲羅にうずくまっていたのが頭を出し、ゆっくりと餌に近づいていった。よく食べている。二匹の内の黄緑色をしたほうが食い意地があったのでお叱りの意味で別の容器に移し、もう一匹の緑色の方にゆっくり食事の時間を与えた。また餌とは別に、「甲羅が立派になる亀専用小エビ」なるものがあったので、それも少しずつ与えた。僕は何ともいえない満足感を手にした。本当はもっとたくさん食べさせてあげたいけど、元気になりすぎて、夜な夜な水槽を飛び越え、誰かに踏みつけられやしないか心配なので、我慢した。

仕事から帰ってきた所を問いただすと、どうやら姉が旅行に出ている三日間だけ預かる事になったらしく、明日の昼には、飼い主である姉が引き取りにくるそうだ。
僕は半分布団にうずくまり閉口した。どうも納得がいかない。

亀様

亀様

炬燵夢想

9 月 29th, 2008 § 0

僕はパソコンを持っている。持っているだけではなくちゃんと使っている。決して使いこなせている訳ではないけれど。昔から自分のことを知っている方は、柄でもないと思うだろうけれど、僕だって大人にならなければいけないんだもの。初めの内はヤフージャパンのホームペイジを開くだけでドキドキしていたけど、今ではこうして原稿を書いて風間とメールでやりとり出来る迄になった。我ながら立派なものである。これと同様にドラムの腕前も上達しないものかしら。

元clismsの樋口君から譲り受けたパーソナルコンピューターには、ビートルズからヴァンパイアウィークエンドまで様々な音源がデータで残っており、ボタン一つで僕の部屋は忽ち名曲ライブラリーに変貌する。おかげで今年の冬、やりたいことが一つ増えた。まず、朝起きて顔を洗って掃除洗濯など、身の回りを丁寧に整理整頓する。丁度お昼前辺りからベランダに冷やしてあった瓶ビール片手に温々とコタツに入ってから、、、一杯始める。

アテは、お茶漬けにタラコとチリメンといった所だ。ビューティフル。さらに、名曲ライブラリーボタンをポチッと押せば。マーベラス!!友達でも呼ぼうかな。但し、相手が居る場合はなるべくゆっくり飲まなければならない。こないだも近所に住んでいる牛尾を家に誘った際、久しぶりの来客でテンションもあがり、ワインをがぶ飲みした挙げ句に、何でもない3コードのガレージロックを聴かせてクダを捲くという醜態を晒してしまった。そんな事もあるので矢っ張り一人でやらなければならない。

段々と酔いが回り気分が良くなってくれば、次第に取り留めもないことが浮かんでくるだろう。このライブラリーに入ってる蒼々たるバンドでワールドカップを開催したらどうなるのか。「バンド無双」とでも呼ぼうか、ビートルズを頂点とする、天高くそびえ立つトーナメントで自分はどこまでいけるのだろうか?最終予選の相手はクラッシュ、フェラクティ、ドアーズ、YMOにクイーン。ん〜。

厳しすぎる戦いだ。万が一、万が一(酒の力で)予選を突破する事が出来たとしても、傷だらけでボロボロ、満身創痍の僕をベスト8で待ち受けているのは他でもない、あのレッドツェッペリンなのだから。ああ、ボンゾのバスドラが五臓六腑をエグり、ペイジのチョーキングで骨の髄が軋む。皮膚は爛れ、血は枯れ、骨が溶けていく。景色が灰になっていく、もはや風まで死に尽くしてしまったのだろうか、辺りは異様な静けさに包まれた。ふと気が付けば、眼前に一筋の光が段々になって、天空へと続いている。
「こ、こ、これがあの天国への階段ってやつだな」・・・・

いい加減酔いもピークを迎え、炬燵夢想するのにも飽きてきたのでベランダに出て、「もういくつ寝るとお正月」を歌う。すこぶる機嫌が良い。外はやけに静かで、空気も透き通っている。隣の家の屋根には、うっすら雪が積もっている。一方部屋の中、名曲ライブラリーのステレオからは、ビートルズの「IN MY LIFE]がこぼれている。小さな小さなボリュームで。

風とロックお蔵入りコラム

9 月 29th, 2008 § 0

前越君、どうやらこのコラム、つまらなければボツになるらしいが、
「そんな事を言ったって君、僕はつまらない男だよ。喧嘩も出来なければ、同時に二人以上の女を抱くだなんて以ての外なんだからね、僕なんて内野フライみたいなものさ。」

前越君、損なこと言わないで、こんなチャンス滅多にないんだから、ほら、ギャグよギャグ。一発ギャグ。
「・・・期待に応えられなくてごめん、やっぱり駄目だ。スべるのが怖くて何も出来ない。例えそこにバナナの皮が落ちてるとしてもだ。」

おい前越君!いい加減にしておくれよ。まるで君の話はチューニングが合ってないじゃないか。ところで君、「風とロック」って知ってるかい?
「ああ、もちろんさ、あの金持ちの道楽みたいな雑誌だろ?感心はするけど全く僕には縁のないものだよ。」

前越君、もしもこのコラム、君が言うところの金持ち道楽雑誌からの依頼だったらどうする?

我 正 直 困 惑 君 試 我 器 量 ?
其 瞬 間 衝 撃 走 神 様 眼 前 有 
貴 様 生 意 気 死 迄 5 0 1 穿 
風 共 六 区

前越啓輔 ドラム 1981年12月20生まれ 石川県出身

ランニングホーマーズ/マグニチュード1・8/
九分九厘/ウエストリバーズ/ガガ/スイ/
サブリミナルスラッガーズ/ゾリスデン/DFC/
DDJC/clisms/one/歴史の外へ/纏/
ライジングウルフ/UKロシア殺し/urushi/
渡辺敏夫エレクトリック/エルメスカステラ/
おとぎ話などを経て現在に至る

夢の続き

9 月 10th, 2008 § 0

先日私、かの有名な「ターミネーター」氏にボコボコにされる夢を見ました。

夢の中でも、やはり私はマッドシティ東京に住んで居りまして、何の仕事をしていたのかは判別出来ませんでしたが、毎日のように都内を、運転手兼付き人の「たけし」それから腹に居着く虫「ストレス」とを引き連れて飛び回り、忙しい日々を送っておりました。

たけし(以下T)は、その名から容易に想像出来るでありましょう、一見頼りないが人柄は良いという、言うならば「色白の野球部員」のような男で、一方の私はというと、如何に自分が忙しく大変かを、アピールする事でしか存在できないつまらない男だったように思われます。そんな生活を送っている内に、いつの間にか私の腹にいたはずの虫「ストレス」がTの腹に居着くようになりました。

ある日の事です。私はいつものようにTが運転する紺色の車で仕事場の地下駐車場に到着して、愚痴をこぼしながら車を降りました。Tの異変に気付いたのはこの時です。いつもならエレベーターまでエスコートしてくれるはずなのに、いつまでたってもハンドルを握ったまま車から降りて来ません。苛っと来た私は散々Tを罵倒しました。Tは初めの内は黙っていましたが、やがて反抗的な態度をとりました。もの凄い勢いでこちらに詰め寄って来ました。こいつは堪らん、と一目散にエレベーターに逃げ込み、急いで「閉」ボタンを押しましたが、寸前で間に合わず、Tが扉をこじ開けて入って来てしまいました。

万事休す。私は観念して日頃の悪行の数々をTに謝ろうと、顔をあげました。「たけし、いつもゴメン。俺が悪かっ・・」私はここまで言いかけて自分の目を疑いました。なんとそこには「色白の野球部員」ではなく、サングラスをかけた「西海岸出身のメジャーリーガー」のような大男が立っていたのです。よく見るとかの有名なターミネーター氏(以下T)ではありませんか。そしてその瞬間エレベータ中に試合開始のゴングの音が鳴り響きました。

TがTに変身し、私はボコボコにやられてしまったのです。

さて、目が覚めました。夢の続きです。
おとぎ話スタッフの西田がターミネーターに変身しないように、今の内から万事心懸けなければなりません。