1 月 8th, 2010 §
それは、おとぎ話のメンバー四人で初詣に出かける夢だった。
神社へと向かう田んぼ道、石ころでキャッチボールをしている不良高校生がいる。危ないな、と思っていると、やはり石がすっぽ抜けて我々がいる方に飛んで来たではないか。カチンと来て不良に注意しようと威勢良く相手の方へ。だが、近寄ってみると思ってたより体格がごつく、金剛力士像のような二の腕をしているではないか。こいつはだめだ、かなわないと、作戦を瞬時に変更し、そなたのような筋肉、わしも手にしたいもんじゃのう。と懇願し、筋トレの方法を教えてもらう。
詣でた神社には蛇の神様が祀られており、参拝客が直線 200メートル程の長い水路を囲んで、ごった返している。ここは以前にも一度来た記憶がある。懐かしい。いよいよ儀式が始まった。一気に緊張感が増し、皆が静まり返る。そして水門が開かれた。10メートルはくだらないであろう、大蛇が神々しくも不気味に水路を往復し、続いて、注連縄で作られた蛇の神輿がゆっくりと水路を往復し、式は無事終了する。それと同時に極限状態から開放された参拝客は、何事もなかったようにゾロゾロと帰りだした。
僕達だけが取り残さた。かと思いきや、ふと隣を見ると、なんと銀杏BOYZのメンバーがいた。チンさんは笑っていた。村井君はレコーディングで追いつめられた時の牛尾みたいな顔をしていた。アビちゃんとは少しだけ話をした。「九月に香港ツアー行くから対バンしよう」だってさ。そこに峯田さんはいなかった。
メモはここで終わっている。おそらくこの後二度寝したのであろう。
要するに、縁起が良いとされている蛇の神様と、悪魔のようなバンド「銀杏BOYZ」の狭間からおとぎ話の2010年が始まったのである。

撮ら
1 月 5th, 2010 §
2010年、1月1日、未明、おとぎ話の面々は代々木の居酒屋で、しこたま酒を食らっていた。初めは、隣に居合わせた、胡散な業界人の浮き世話が多少耳障りだったが、段々と酔いが回って行くうちに、こちらのテーブルの方が形勢逆転し、一向にお隣さんの事は気にならなくなった。店員から見て、どちらのテーブルが胡散臭かったのかは、言うまでもない。
内緒で持ち込んだ日本酒をやり始めてから、次第に記憶の方が、あいまいになってくのであるが、予知夢やら、デジャブの話から発展して、初夢の話になったようである。昔から、一富士、二鷹、三ナスビなどと言うけれども、そういえば、今まで初夢の記憶なんてあるだろうか?意外に覚えている人は少ないのではないか?そこで、今年は初夢を、記そうと、バンドメンバーと約束をしたのであった。
明け方帰宅し、枕元にメモ帳を置いて、夢見心地で就寝、三時間後、午前九時、寒い。トイレに行こうと目が覚める。まだアワビ、ではなくナスビは出てこない。横で寝ている大奥の毛布をひっぺがえし、自分用の薄い炬燵布団と交換し、神に祈るような気持ちで、また眠りにつく。非常に温かい。二時間後、午前十一時、目が覚める。むふふ…神様ありがとう!!!!
見た…見たぞ。確かに初夢を見た。当然覚えている。僕は興奮しながらペンをとった。

2010 エキセントリックドラムセット
10 月 26th, 2009 §
「風間が腹痛で寝込んでいる」
知らせを受けた我々は、お昼過ぎに彼の住む蒲田へと向かった。風間に電話をすると、「気の利いた物を買って来てくれ」という事なので、コンビニで一番つまらなさそうな、土方歳三の漫画を購入し、彼の家に。
ノックして数十秒、漸く風間が玄関を開けてくれた。地面に這いつくばり、眩しそうに、しかめっつらでこっちを見あげている。「おいおい、俺たちの笑顔がそんなに眩しいのかよ?」などと洒落の利いた言葉など出てこなかった。それは明らかに苦痛に満ちた表情であった。そして彼は振り絞った声で「散らかってるわ、ごめん」とつぶやき、また這いながらベットへと、動物のように戻って行った。
ここまで酷いとは予想だにしておらず、我々にも一気に緊張感がはしった。もう土方なんてどうでも良かった。休日急患を受け付けている、大田区、品川区の総合病院に問い合わせをした。すぐ診察出来る病院が見つかったので、有馬と表通りまで行き、すぐ様タクシーを捕まえた。風間がスタッフ(西田まさる)に抱えられながら、近づいてくる。痛々しくて直視できなかった。運転手が事情を飲み込み、飛ばしてくれたおかげで大森の病院まではスムーズに辿り着く事が出来た。我々が乗ったタクシーは、ハイブリッドエコカーだった。
待合室には風間の他にも急患の方がたくさん居て、具合がわるいのであろう、やはり一様に顔色が悪い。空気の重さに耐えきれず、外の空気を吸おうと、その場を離れ正面玄関のほうに向かうと、ひと際顔色の悪い男が前方からやって来た。牛尾である。先程寝起きで、風間の容体を聞かされ、急いでタクシーで駆けつけたそうだ。皆で固唾をのんで風間が診察室から出てくるのをまつ、その間に今度のライブはスリーピースでやるのか、サポートメンバーを迎えるのか、などと話し合おうとするのだけれど、何せ風間が気になって仕方がない。結局答えが出ないまま、風間が診察室から顔を出した。まだレントゲンをとってはないから確定ではないがのだが、どうやら盲腸らしいという事だった。我々は一先ず胸を撫で下ろした。そして検査待ちの風間に別れを告げ、梅屋敷の商店街を通り、京急線に乗り込んだ。今度のライブの打ち合わせを兼ねて、スタジオに向かったのである。
皆を楽しませるために、あれやこれやと試行錯誤をしている家に、病院に残ってくれていたスタッフ西田から、「風間さんやっぱり盲腸で今から2時間緊急手術です。一週間入院必要みたいですよ。」「それと、手術室に入る直前に行ってきま〜〜っすって余裕こいてました。」と連絡が入る。
風間が水曜のライブ迄に間に合えば…、というかすかな望みがなくなった今、ピンチをチャンスに変えられるバンドおとぎ話の本質が問われるのではないか。また、早稲田大学のライブまでには、奴も復活するであろうからその時はいつにも増して激しいパフォーマンスで奴の傷口を広げ、再び病院送りにしてやろうかと、企んでいる。乞うご期待!
9 月 30th, 2009 §
「どうしてもゾイドが欲しい」
今でもその名残はあるが、前越少年は当時から、人なつっこさに於いては同学年の追随を許さず、ズバ抜けたものがあった。そして多分にもれず、くじ屋のオヤジも救いの手を差し伸べてきたのである。オヤジは三本指を立ててこう言った。
「僕、お札三枚三千円持ってきたら交換してやるからな。家の人に相談してきな。」
「わかった。」だが、どうせ母さんに言っても、買ってもらえるはずはない。僕は覚悟を決めた。家の二階、寝室の奥にあるタンス、最上段、紺色をした正方形の缶箱、その中に多少のお金が入っている事は、子供ながらに気付いていた。僕は自宅に戻り、勝手口の方から、夕飯の支度をする母親の背後を、忍び足ですり抜けた。お金を盗りに行ったのである。息を殺して階段を登り、すり足で廊下を歩き、寝室に辿り着き、背伸びして缶箱に手をかけた。五感全ての神経が研ぎ澄まされる。心臓が膨張し、鼓動が聞こえて来る。気絶する程のドキドキの中、蓋を開き、中身を確認した。
「ある、丁度三枚だ…」僕はお札を握りしめ、今度は台所を通らずに、正面玄関のほうから、逃げるように自宅を後にし、再び秋祭りが開催されている護念寺へと向かった。
手に入れたお金をオヤジに渡すと、約束通りにゾイドと交換してくれた。だが、渡したお札を見るなり、オヤジの様子が急変した。「おい僕、こんな大金一体どうしたんや?オッチャンが欲しかったのは千円札三枚やぞ!」そう、僕が渡したのは確かにお札三枚なのだが、なんと、どれも万札だったのである。当時の僕にお札の違いなんてわからなかった。オヤジはこんな坊主が三万円も持ってきた事を不審に思い、問いつめて来た。そのただ事ではない表情から、僕も怖くなって、泣きながら全てを白状した。
「僕、一緒にいってやるから、家の人に謝りに行こう。」僕はオヤジに付き添われ、自宅に連行され、ついに御用となった。母さんからこっぴどく叱られ、兄弟からは千円札と万札のちがいもわからない阿呆、と辱めを受けた。家中の人から「穴蔵や」「穴蔵や」と脅され、案の定仕事から帰ってきた父さんに、穴蔵に閉じ込められた。僕は暗闇の恐怖の中で「ゾイドを買ってくれないのが悪いんだ。」と強烈な苛立を感じ(逆ギレ)、当時の身体能力を駆使し、穴蔵の中で壁を蹴る殴るなどして、体力の続く限り存分に暴れ回った。どれくらい時間が経過したのか、次第に暗闇の中でも目が慣れて来て、ようやく気持ちも落ち着いて来た。手持ち無沙汰になった僕は、穴蔵に片付けてあった、緑色の羽根をつけた扇風機の風速切り替えボタンを連打した。
穴蔵の外で待っていた父さんが、15分程で急に中が静まりかえったので、どこかに頭でも打って倒れたのでは、と心配になり、急いで扉を開けた所、前越少年は疲れ果てて、気持ち良さげにグッスリ眠っていたそうだ。まったく、親の心子知らずである。
9 月 18th, 2009 §
九月も中旬になると、各地で秋祭りが催される。
近所の商店街にもピンクと白の提灯がきれいに並んでいる。
バンドのスタジオが終わって、電車を乗り継ぎ、ビール片手に家路に着く。家は商店街の外れにあるので、いつもならポツポツと街灯がともっているだけだが、この何日かは提灯の優しい明かりが僕を迎えてくれる。何というか、とても、ほっこりする。
小学生の頃、実家の近所の護念寺でも年に一度のお祭りが開催された。宿題をやらなければお祭りには行かせてもらえないので、この時期だけはきちんとドリルをやっていた覚えがある。その年も、お小遣い五百円を握りしめ、同級生と待ち合わせをして護念寺へ、目的はもちろんくじ引きだ。そこで僕は目を見張った。ぞ、ゾイドがある。先日友人の日高に自慢気に見せびらかされた、組み立て式の恐竜のおもちゃだ。欲しい。喉から手が出る程欲しい。僕は喉から出て来た手で、くじ屋のオヤジに百円を渡して勝負に出た。だが、そう簡単にアタリが出るはずもなく、癇癪玉やたこせんがたまる一方だった。もう後にも引けなくなり、結局、全額くじに投資し、手元に残った財産は低学年の奴らが喜ぶ、子供騙しのアイテムばかり。ふざけるな、僕は中学年だぞ。涙目になりながらも、まだ諦めきれずに、くじ屋の軒先でふて腐れていると、くじ屋のオヤジが声をかけて来た。「どうした?、僕。」
僕は答えた。「どうしてもゾイドが欲しい」と。
7 月 22nd, 2009 §
何か書こうと思うけど、うまく書けません。
ミッシェルのアベさんが亡くなったのです。
僕にとってミッシェルは、ビートルズよりもビートルズだし、
アベさんはジミヘンよりもジミヘンでした。
丁度今日、日本では、46年ぶりに皆既日食が観測されました。
どうってことはない。
ただ、黒い太陽が照りつけたのでしょう。
7 月 3rd, 2009 §
マックを探す有馬。
少しでも移動時間を短縮して、何とかしてカッパ寿司に行こうとする西田。
ドラクエに嵌る風間。だが、短パンを履き任天堂DSを握りしめ、サービスエリア内を右往左往する姿を見るに、勇者には程遠い。
一見クールに決めてはいるものの、DSが気になってしょうがない牛尾。
短冊に不埒な願望を書いて笹の葉に括りつける前越。一体、星に願いを演奏しながら何を考えているのだろうか?
高速道路沿いのラブホテルの名前をひとつひとつ丁寧に読み上げる有馬。
深夜高速、ライディーンがカーステで流れる中、運転席で「もうなんかゲームやってる感じっすわ〜」と笑顔で怖い事を言う西田。
ひのきの棒がよく似合う風間。
マリオが死ぬと同時に腰が浮いてしまう、期待通りゲーム音痴な牛尾。
クアトロサウンドの更なるハードロック化を期待する前越。一応クアトロメンバーには提案済み。
車内のネタが無くなると、反町さんの「メッセージ」を再生する有馬。この時だけはメンバー全員で耳を傾け、全身で彼のメッセージを受け止める。
牛丼屋でうな丼を注文するパイオニア西田。
パーキングで鯨カレーを注文し、失敗するパイ揉み屋牛尾。
主人公 ひろたか Lv18の風間。
福岡〜東京13時間 男だらけのクレイジーランデブー。
ツアーが一段落して家に帰ると、石川県立小松高校卒業10周年記念の同窓会の知らせが届いていた。長い間地元を離れて暮らしている僕を、誘ってくれるのは大変ありがたい事であるが、その日はおとぎ話のワンマンライブがあるので、石川県で開かれるパーティーには出席できるはずもない。もっとも、リレミトでライブハウスを脱出し、ルーラを唱える事が出来るなら話は別なのだが。みんなどうしてるだろうか。学園祭で一緒にバンドをやったMAD山並やBIG大久保は元気だろうか?僕は今年で28歳になる。ああ、みんなと一緒か。相変わらずバンドをやっとる。まだ何の呪文も覚えとらんけど、勇気と希望を持って、最高の仲間達と旅を続けとるよ。
MAD山並とBIG大久保に関する追加メモ
11年前、修学旅行先で舞い上がり禁止令を共に施行した、当時の仲間、山並と大久保。
自由時間、誰もが小樽観光を楽しむ中、僕達は電車にはのらず、ひっそりと、全国チェーンであるびっくりドンキーで食事をし、タワーレコードで時間を潰した。山並はピクシーズ、大久保はピンクフロイドを購入。馬鹿である。前越は舞い上がりを我慢したのが祟ったのか、ホテルの部屋に戻った途端、鼻血が止まらなくなり、クラスの連中が先生の目を盗んで、女子の部屋に忍び込んでる間中、止血に追われるという始末だった。まったく目も当てられない。
僕はともかくとして、現在彼奴等のレベルがアップしている事を願う迄である。
5 月 22nd, 2009 §
今年に入ってから、おとぎ話は代々木のスタジオを利用している。街の喧騒を避け裏路地に入り、合気道場を過ぎると、ここにスタジオが?と、つい目を伺ってしまう程の、三階建ておんぼろコンクリートビルが佇んでいる。雰囲気たっぷりの地下に降りて行き、屈まなければ入れない程のオレンジ色の扉を開けると、受付に辿り着く。合気道場の前を通る時は、外まで響いて来る師範の厳しい声に背筋をピンと正すのだが、天井の低い入り口の前までくると、やはりまたいつものように猫背に戻っている。
先日、スタジオの店長である小林さんと、その弟分谷山の弾き語りライブを観に高円寺に行った。待ち合わせ場所には、いささか興奮気味の風間が一足早く到着していた。無理もない。この日はおとぎ話全員スケジュールを空けて心待ちにしていたのだから。僕たちは顔を合わすなり、当たり前のように、ガード下の焼き鳥屋に向かって歩き出した。リズム隊が為せる世界クラスのアイコンタクトである。その内に有馬と牛尾も合流し、ほろ酔い気分でライブハウスに向かった。
経験値たっぷり、こんがり小麦色の肌をして、マッチョなボディーにピチピチのTシャツを上手に着こなしている小林さんと、最近、コンビニで売っているブリーチにより金髪に変身を遂げた熊本出身の純情ボーイ谷山が、一体どんなライブをするのか非常に楽しみで、想像しただけでも口元が緩んでくる。
会場は弾き語りライブらしく椅子とテーブルが用意されており、ドリンク券を生ビールに交換し席に着くとまもなく、谷山の演奏が始まった。聞こえてくるのは、ろくに家に帰らず、アコースティックギターを抱えスタジオに寝泊まりしている、二十歳そこそこの男の詩であった。行き場のない怒りや不安がそこにあった。若い頃の自分を投影していたら、たちまち酔いが回ってきたので、参ったなあと思い、会場を見渡すと、一番真剣な顔で谷山の事を観ていたのは、他の誰でもなく風間だった。ライブが終わった後、風間に感想を尋ねると、「最後2曲のコード進行が同じだったね。」などととぼけた事を言っていたが。心打たれた事違いない。
そしていよいよ真打ち小林さんの登場だ。七年ぶりのライブとあって黄色の勝負Tシャツにクールなグラサンで登場、いつにも増してピチピチである。本人曰くだいぶ緊張していたらしいが、そんな事は微塵も感じさせない堂々たるステージングだった。曲が終わる毎に乾杯の音頭をとり、「もどかしくて」に代表されるオリジナル曲の他、皆が一緒に歌えるカヴァー曲も披露するなどして、ファンサービスに徹底していた。中でも弟分の谷山に向けて歌ったビートルズのヘルプ日本語バージョンは忘れられないものになった。あれからというもの、スタジオの道すがら気付くと鼻歌を歌っている。「泣きたくなる事もあるだろう、どんなに強がっていても」と。
ちょうど昨日、おとぎ話「青春GARAXY EP」がリリースされた。大ヒット間違いなしのこのシングルが生まれたのも、愉快なスタッフが働く、居心地が良いスタジオでのんびりやらせてもらっているおかげである。
4 月 23rd, 2009 §
人生の諸先輩方の話を聞くに、自分の住んでいるマンションは身分不相応なのではないか?このまま住んでいても、どうせ七月の頭には部屋の更新料が別にかかるので、いっその事引っ越してしまおうと思い立ち、幾つかの間取り図と睨めっこをしている。
今の所に引っ越してくる決め手となり、ずっとお気に入りだった天井の高いロフトも、今ではほとんど使っていない。昔燃やしたギターが飾ってあるだけだ。必要ない。今より築年数も多少あっていいではないか。その方がカリモクのソファーもしっくり来るはずだろう。
僕は不動産屋を訪れた。ここは二年前、今のマンションに越して来た際に、いろいろとお世話になったこともあり、馴染みがある。白髪混じりの髭を蓄えたオヤジに相談すると、二件の物件を紹介された。近くにあるというので、早速見に行くことに。歩いている内に、髭のオヤジは僕の事を思い出したらしく、急にご機嫌になった。髭のスペクタクルなトークに翻弄されつつ、最初の物件に。ところが部屋に上がるなり、肝心の髭が浮かない顔をしている。
「ここはうなぎの寝床だからな、あんまり薦められんよ」
「うなぎの寝床?」
「奥の間に行くのに部屋を一つまたがないといけないんだよ。圧迫感があって嫌いなんだよね。」
「はあ…」
「うなぎみたいにシュル〜と細長く部屋が続くだろ?だからそう呼ぶんだ。」
「へ〜」
この間取りの方が精力がつき、夜の夫婦生活が円満になるとか、そういう話ではなさそうである。何だか日当りの悪い畳の間を行ったり来たりしてると、髭の顔がうなぎに見えて来たので、部屋を後にした。
二つ目の物件は、二階が居住スペース、一階部分が駐車場という造りになっている。変則ではあるが、一応夢の一軒家である。先程とは打って変わり、髭の顔のツヤもいい。確かに嫌な圧迫感はなく、開放的な造りである。収納も多く、ベランダも広い。髭が持ち前の冗舌ぶりを発揮する。
「ここだといくら騒いでも誰も文句言わないし、ヘッチャラだよ。」
「こういう仕事をしてると、収納を見れば、その家が湿気っぽいかどうかすぐわかる。ここはね、ほらね、からっとしてるでしょ。」
「俺だったらこのベランダに人工芝引いて、コーヒー飲むな。」
「これで、今より家賃が3万円さがるんだぜ。」
成る程、この一連の流れ、髭にうまくやり込められた感じもあるが、ここがすばらしく思えて来た。それに、近頃は防音マットとやらも発達しているであろうから、こないだ購入した自慢のラディックドラムも小手先程度になら叩く事が可能だ。と、なると後は、家にいる大奥を説得できるかどうかである。

ギター
3 月 23rd, 2009 §
拝啓、花粉様。
あなたには、物心が着いた頃から、大変お世話になっております。
別れの季節3月になるとやってきては、ちょうど新学期が始まり、新たな友と出会う迄の、一ヶ月と半月程、私の寂しさを紛らわそうと、わざわざ風に乗って、山里離れたこの街まで、会いに来てくれているのですね。本来ならば、面と向かって「ありがとう」と感謝の気持ちを述べたいのですが、ついつい、私の方で感極まってしまい、とてもじゃないけど、涙と鼻水とで、まともな状態でいられなくなってしまうので、こうして、手紙を書く事にしました。
もうじき桜の花が咲きます。世間は花見だ、と盛り上がりますが、私は乗り気にはなれません。どうしても花びらより、あなたの事が気になってしまうのです。あなたの事を思うと、涙が溢れ出し、鼻水がとまらなくなり、酒の注がれたコップ片手にじゃれ合う皆のように、笑顔でいられません。でもそんな顔、とてもじゃないけどあなたに見せられたもんじゃないでしょ。あなたに嫌われたくないからマスクで顔を隠したりもするのですよ。
三月になり、朝のニュースであなたが話題なると、今年もやってくるんだなあとドキドキします。こう見えても、私はあなたのことを毎日テェックしているんですよ。最近、頭がぼーっとして、何をするにも、集中できなくなりました。これが恋煩いというやつでしょうか。今日も医者に行って薬をもらってきました。恋の病に一日一錠、二週間分です。