雪が舞い散る境内で

12 月 6th, 2010 § 0

まだ保育園に通っていた頃に、一度プロポーズをした事がある。相手の名前はあっちゃん。『先生、俺この人と結婚するんや。』と言ってあっちゃんの手を握った記憶がある。我ながら斬新なプロポーズではないだろうか。その後、急にお互い意識しするようになり、あまり話さなくなくなったまま小学校に進み、僕にはまた別に好きな人が出来て、二人の関係は自然消滅となってしまった。あっちゃんは年を重ねるに連れて、元来持ち合わせていた美貌、愛想の良さを存分に発揮、さらに実家が神社という魅力的なオプションも機能して、小学校を代表するアイドルにまで成長をした。

中学生になり、あっちゃんが選択した部活はなんと剣道部。運動会のリレーの選手にも名を列ねる程の運動神経の持ち主で、男子相手でも全く引けを取らなかったそうだ。あっちゃんは「出小手」といって、相手が面打ちをしようと振りかぶったその隙に、小手を放つ技が得意だった。剣道部なのに品がある。出小手のあつこの名は、いよいよ市内中の中学校へと広がり、高嶺の花のような存在になってしまった。

二十歳を過ぎ、帰省先で初詣に。108参り(108カ所の神社を巡る遊び)の途中、剣道部の友人であり、あっちゃんファンクラブ会員でもある誠治が「マル、あつこに合いに行こうや!」といって車のハンドルを握った。なんとあっちゃんは市内で一番大きな神社で巫女をやっていたのだ。人混みをかきわけ神殿へ。そこにあっちゃんは居た。やっぱり綺麗だった。
「あっちゃん、俺が誰か分かるか?」
「分かる。マルや。」
「あっちゃん、保育所で、俺らがした約束覚えとる?」
「覚えとるよ。私マルと結婚するって思っとったからね。」

雪が舞い散る境内で、俺は誠治と思わずガッツポーズをした。

あっちゃんはもう結婚したのだろうか。もし結婚してたら、旦那さんに忠告しておく。浮気はするなよ。出小手のあつこが目を醒すぞ。

暖とっていこう

9 月 28th, 2010 § 0

ツアーから帰って来ると洗濯物が溜まっている。今日も東京は雨だ。仕方がない、コインランドリーにでも行こうかしら。そうだ、疲れが膝にきていたので、そいつを理由に銭湯に行こう。コインランドリーも隣接されている。洗濯物をボストンバッグに取り込んで、いざ行かん!緑色の自転車で商店街を駆ける。乾燥機に洗濯物を放り込み300円を入れる。乾燥時間は約30分、勢い良く回りだしたのを確認し、風呂に向かう。銭湯の開店時間は16時、現在16時3分、一番風呂かと思いきや、もう既に、五人程の老人が湯船に浸かっていた。

持参した石鹸で、体の垢を落とす。うむ、足の裏の皮が所々剥けている。「季節の変わり目だにぁー」と呟いてみる。猫にでもなったような気分である。湯船に浸かり、自問自答を繰り返す。京都、名古屋、濃密な3日間を振り返る…
                                                              …何にせよ健康でいなければ、と勢い良く湯船から飛び出した。

脱衣所、八十歳は越えているであろう老人が2人、お互い顔見知りのようである。
「足どうしたの?」
「えっ。何が」
「歩き方が変だったからよお、痛えのか?」
「別に痛くねえ、それにもうどうせ長くねぇんだからいいんだよ。」
「長くねぇっつったって、びっこ引いてたら駄目じゃねえか!」
「わかったよ。おめえも元気でな」
終始ドライヤーを股間に当てながら、世間話をしている。
僕の膝の痛みもいつの間にか消えたようである。

体が暖かい。隅々まで血が通っている事を実感する。乾燥機から洗濯物を取り込もうとすると、残り時間6分と表示されていた。300円入れてから、風呂に入り、戻ってくる迄、僅か24分。もう少しゆっくりできないものかね、前越君。向かいのコンビニで、プレイボーイを立ち読みして、時間を潰し、6分後乾燥機の扉をあけると、ポッカポカの、タオルやらパンツやらシャツが、山程出てきた。それらは本当に良い匂いがして、僕は嬉しくなった。

銭湯行こうぜ

銭湯行こうぜ

Xジャパンにむかって!

8 月 16th, 2010 § 0

二年前。恐らく理由なき反抗のジャケ撮影であろう。江ノ島に向かう車内で、テンション上げて行こうぜ、と有馬が一枚の、いや、正確には二枚のCDをかばんから取り出した。見覚えがある。中学生の頃、先輩の家に遊びに行くと、必ずと言っていい程お目にかかれた不良のマストアイテム、Xの『破滅に向かって」である。どんなものか?恐る恐る再生してみる。すると、一曲めのワールドアンセムが流れた瞬間に、先輩の部屋がフィードバックしてきた。覚えている。目薬、ポケベル、サッカーボール、エロ本、セブンスター、特攻の拓、やけに大きいL字型のソファー、鼻を突く汗臭さ。毎日聞いていたあの頃の記憶が甦ってくるのである。10年ぶりに聞いたXは想像していたよりも驚く程ポップだった。あんなに複雑だと思っていたギターソロも口ずさむ事ができた。何よりもtoshi さんの存在だった。彼の歌、シャウト、煽り、MC、全てが新鮮だった。有馬は何度もtoshiさんのMCを再生して聞かせてくれた。最初はふざけて笑って聞いていたが、笑いながら、Xをどんどん好きになって行く自分に気がついた。ついには「破滅に向かって」のビデオを借りて、テレビデオが壊れるまで何度も破滅に向かった。

それから二年、漸く昨日Xのライブを見た。僕らの席は中央スタンドの一列目。ステージからは遠いが、メンバー全員の声、音、魂、確かにしっかりと感じる事ができた。そして一緒にライブに参加した65000人のXファンからも、ものすごいX魂を感じる事ができた。コスプレをしてくる彼等彼女達もまた表現者なのである。それぞれから、Xのライブをみんなで盛り上げよう、というプロ意識のようなものを見てとれる。転換の最中には会場のあちらこちらから、「we are X!」のかけ声が、休み無しで聞こえる。スタンドで、ウェーブが起き、見事に隅から隅迄まで繋がれば、アリーナは拍手でそれを讃える。65000人のファンがお互いにパワーを与え、讃え合う。一度曲が始まると、その元気玉はバンドXに預けられる。素晴らしい。2010年8月15日、日産スタジアムにいた、誰もが表現者だった。

英ちゃん、15年かかってやっとXの事わかったよ。

「お前達が今迄与えてくれた分、全力で返し続けるからな」
「お前達、お前達がエックスだ」

間近でyoshikiさんがボロボロになりながらドラムソロを叩く。生音が聞こえる距離だ。遠く離れたステージの巨大スピーカーから一秒程遅れて、どん!パン!、どーーん!音が聞こえて来る。上空には照明がクロスしていて、まるで打ち上げ花火のようだった。

Xジャパンにむかって。

8 月 16th, 2010 § 0

中学一年。当時同じサッカー部だった英ちゃんは、なんだかとても大人びていた。あまり誰ともつるもうともしなかった。初めて英ちゃんと二人で遊ぶ事になった。電車で小松の街迄行ったのだが、英ちゃんは、まだ当時、世間では見慣れない迷彩のパンツを穿き、透け透けのシャツの上にアミアミのロンTを重ね着して、爽やかに現れた。なんという事だ。お気に入りの石川国体のマスコットがプリントされたTシャツを着て、待ち合わせ時間よりだいぶ先に到着していた前越の雑魚っぷりときたらこの上ないではないか。
不良グッズの一つである、キングダッシュの裏ボタンを調達しに小松へ。夜な夜な親に内緒で、制服のノーマル裏ボタンを金紫色に輝く、キングダッシュのそれへと付け替える。雑魚から不良へ。回りの友達はキングダッシュなんて知らない、僕は得意げになっていた。と同時に、やけに雰囲気のある英ちゃんという男に、もっと近づきたいと思う様になった。

そして僕は毎日授業が終わると英ちゃんのクラスに行く様になり、しばしば、彼の家にも遊びに行く関係にまでなった。ヘディングのし過ぎでやや後退したオデコを持つ英ちゃんには、お姉さんがいて、そのお姉さんの影響で、彼はヴィジュアル系のバンドにイレ込んでいた。デビュー前の黒夢やGLAY、ラルクなどを良く聞かせてくれたものだ。その刺激的なサウンドやコスチューム、メッセージは、それ迄B’zや広瀬香美で満足していた僕を、感化させるには十分だった。興味津々丸、ここに見参。僕のリアクションが良かったのか、英ちゃんは嬉しそうに一枚のCDを取り出した。

「色々聞かせたけど、これが一番格好いいよ。」
英ちゃんが本当に聞かせたかったのは、Xの「VANISHING VISION」だった。

僕はキングダッシュの通販パンフレットを読みまくっていた。

御無沙汰。

7 月 23rd, 2010 § 5

かなり久しぶりの投稿になったね。
全国に80人はくだらないであろう、このコラムを楽しみにしている方に、謝りたい、ごめんなさい。俺、実はこのブログの事忘れてたんだよね。俺馬鹿だからさあ、一人の女性に夢中になってて忘れてたんだ。

バイト先のスーパーマーケットで出会った。そんなに賢くないけど、とっても可愛く笑ってみせる。気の張らない感じが気に入って、俺は毎日その娘のいるレジに並び、野菜ジュースを買う様にした。その娘がある日突然、スフィンクスみたいな髪型で恥ずかしそうに出勤してきた時も、「何か雰囲気変わったねえ。文明を感じる。」と玉砕覚悟のフォローをするなど、連絡先を交換するために、数々の必死のアピールをした。当時、俺が24歳で彼女が21歳である。

大井町の和民で告白し、付き合い始めたのだが、次第にバンドが忙しくなり、向こうも就職したので、なかなかデートはもちろん、合う事すら難しくなっていった。、これはピンチ…ではなくチャンスだと確信、同棲しようと提案した。俺が25歳、彼女が22歳の時。

毎日がサプライズというスローガンを掲げて、二人で暮らし始めた。
働きながらバンドをしていると、ほとんど休日がない。気付いた時、俺の器は一杯になり、いつしか心の余裕はなくなって、サプライズなんて言葉は頭の隅っこに追いやられていた。ある日スタジオを終え家に帰ると、寝室の壁にでっかい空の写真が貼ってあった。「どうしたん?」と聞くと、「苦しい時やつらい時に、空をみると心が落ち着くでししょ?」と笑ってくれた。

頭の中が、からっぽになった。

その年の夏に、日本で空に一番近い所、富士山の頂上でプロポーズをした。俺が27歳彼女が25歳である。やっと話が繋がった。それからは山頂プロポーズを形にする為に、婚姻届けをはじめ、各種手続き、5月15日石川県尾山神社での結婚式、6月6日下北沢での披露宴、あとワールドカップ観てたら、このコラムの事忘れてしまったんだよ。ごめんよ。また書くから。

本田圭祐君の活躍により、今年生まれる男の子はケイスケが多いらしい。負けていられるものか。俺も富士山頂プロポーズ流行らしたる。

続 初夢のメモ

1 月 8th, 2010 § 2

それは、おとぎ話のメンバー四人で初詣に出かける夢だった。

神社へと向かう田んぼ道、石ころでキャッチボールをしている不良高校生がいる。危ないな、と思っていると、やはり石がすっぽ抜けて我々がいる方に飛んで来たではないか。カチンと来て不良に注意しようと威勢良く相手の方へ。だが、近寄ってみると思ってたより体格がごつく、金剛力士像のような二の腕をしているではないか。こいつはだめだ、かなわないと、作戦を瞬時に変更し、そなたのような筋肉、わしも手にしたいもんじゃのう。と懇願し、筋トレの方法を教えてもらう。

詣でた神社には蛇の神様が祀られており、参拝客が直線 200メートル程の長い水路を囲んで、ごった返している。ここは以前にも一度来た記憶がある。懐かしい。いよいよ儀式が始まった。一気に緊張感が増し、皆が静まり返る。そして水門が開かれた。10メートルはくだらないであろう、大蛇が神々しくも不気味に水路を往復し、続いて、注連縄で作られた蛇の神輿がゆっくりと水路を往復し、式は無事終了する。それと同時に極限状態から開放された参拝客は、何事もなかったようにゾロゾロと帰りだした。

僕達だけが取り残さた。かと思いきや、ふと隣を見ると、なんと銀杏BOYZのメンバーがいた。チンさんは笑っていた。村井君はレコーディングで追いつめられた時の牛尾みたいな顔をしていた。アビちゃんとは少しだけ話をした。「九月に香港ツアー行くから対バンしよう」だってさ。そこに峯田さんはいなかった。

メモはここで終わっている。おそらくこの後二度寝したのであろう。

要するに、縁起が良いとされている蛇の神様と、悪魔のようなバンド「銀杏BOYZ」の狭間からおとぎ話の2010年が始まったのである。

撮ら

撮ら

初夢のメモ

1 月 5th, 2010 § 0

2010年、1月1日、未明、おとぎ話の面々は代々木の居酒屋で、しこたま酒を食らっていた。初めは、隣に居合わせた、胡散な業界人の浮き世話が多少耳障りだったが、段々と酔いが回って行くうちに、こちらのテーブルの方が形勢逆転し、一向にお隣さんの事は気にならなくなった。店員から見て、どちらのテーブルが胡散臭かったのかは、言うまでもない。

内緒で持ち込んだ日本酒をやり始めてから、次第に記憶の方が、あいまいになってくのであるが、予知夢やら、デジャブの話から発展して、初夢の話になったようである。昔から、一富士、二鷹、三ナスビなどと言うけれども、そういえば、今まで初夢の記憶なんてあるだろうか?意外に覚えている人は少ないのではないか?そこで、今年は初夢を、記そうと、バンドメンバーと約束をしたのであった。

明け方帰宅し、枕元にメモ帳を置いて、夢見心地で就寝、三時間後、午前九時、寒い。トイレに行こうと目が覚める。まだアワビ、ではなくナスビは出てこない。横で寝ている大奥の毛布をひっぺがえし、自分用の薄い炬燵布団と交換し、神に祈るような気持ちで、また眠りにつく。非常に温かい。二時間後、午前十一時、目が覚める。むふふ…神様ありがとう!!!!
見た…見たぞ。確かに初夢を見た。当然覚えている。僕は興奮しながらペンをとった。

2010 エキセントリックドラムセット

2010 エキセントリックドラムセット

KA.ZA.MA.

10 月 26th, 2009 § 0

「風間が腹痛で寝込んでいる」
知らせを受けた我々は、お昼過ぎに彼の住む蒲田へと向かった。風間に電話をすると、「気の利いた物を買って来てくれ」という事なので、コンビニで一番つまらなさそうな、土方歳三の漫画を購入し、彼の家に。
ノックして数十秒、漸く風間が玄関を開けてくれた。地面に這いつくばり、眩しそうに、しかめっつらでこっちを見あげている。「おいおい、俺たちの笑顔がそんなに眩しいのかよ?」などと洒落の利いた言葉など出てこなかった。それは明らかに苦痛に満ちた表情であった。そして彼は振り絞った声で「散らかってるわ、ごめん」とつぶやき、また這いながらベットへと、動物のように戻って行った。
ここまで酷いとは予想だにしておらず、我々にも一気に緊張感がはしった。もう土方なんてどうでも良かった。休日急患を受け付けている、大田区、品川区の総合病院に問い合わせをした。すぐ診察出来る病院が見つかったので、有馬と表通りまで行き、すぐ様タクシーを捕まえた。風間がスタッフ(西田まさる)に抱えられながら、近づいてくる。痛々しくて直視できなかった。運転手が事情を飲み込み、飛ばしてくれたおかげで大森の病院まではスムーズに辿り着く事が出来た。我々が乗ったタクシーは、ハイブリッドエコカーだった。
待合室には風間の他にも急患の方がたくさん居て、具合がわるいのであろう、やはり一様に顔色が悪い。空気の重さに耐えきれず、外の空気を吸おうと、その場を離れ正面玄関のほうに向かうと、ひと際顔色の悪い男が前方からやって来た。牛尾である。先程寝起きで、風間の容体を聞かされ、急いでタクシーで駆けつけたそうだ。皆で固唾をのんで風間が診察室から出てくるのをまつ、その間に今度のライブはスリーピースでやるのか、サポートメンバーを迎えるのか、などと話し合おうとするのだけれど、何せ風間が気になって仕方がない。結局答えが出ないまま、風間が診察室から顔を出した。まだレントゲンをとってはないから確定ではないがのだが、どうやら盲腸らしいという事だった。我々は一先ず胸を撫で下ろした。そして検査待ちの風間に別れを告げ、梅屋敷の商店街を通り、京急線に乗り込んだ。今度のライブの打ち合わせを兼ねて、スタジオに向かったのである。
皆を楽しませるために、あれやこれやと試行錯誤をしている家に、病院に残ってくれていたスタッフ西田から、「風間さんやっぱり盲腸で今から2時間緊急手術です。一週間入院必要みたいですよ。」「それと、手術室に入る直前に行ってきま〜〜っすって余裕こいてました。」と連絡が入る。

風間が水曜のライブ迄に間に合えば…、というかすかな望みがなくなった今、ピンチをチャンスに変えられるバンドおとぎ話の本質が問われるのではないか。また、早稲田大学のライブまでには、奴も復活するであろうからその時はいつにも増して激しいパフォーマンスで奴の傷口を広げ、再び病院送りにしてやろうかと、企んでいる。乞うご期待!

秋フェス(2)

9 月 30th, 2009 § 1

「どうしてもゾイドが欲しい」
今でもその名残はあるが、前越少年は当時から、人なつっこさに於いては同学年の追随を許さず、ズバ抜けたものがあった。そして多分にもれず、くじ屋のオヤジも救いの手を差し伸べてきたのである。オヤジは三本指を立ててこう言った。
「僕、お札三枚三千円持ってきたら交換してやるからな。家の人に相談してきな。」

「わかった。」だが、どうせ母さんに言っても、買ってもらえるはずはない。僕は覚悟を決めた。家の二階、寝室の奥にあるタンス、最上段、紺色をした正方形の缶箱、その中に多少のお金が入っている事は、子供ながらに気付いていた。僕は自宅に戻り、勝手口の方から、夕飯の支度をする母親の背後を、忍び足ですり抜けた。お金を盗りに行ったのである。息を殺して階段を登り、すり足で廊下を歩き、寝室に辿り着き、背伸びして缶箱に手をかけた。五感全ての神経が研ぎ澄まされる。心臓が膨張し、鼓動が聞こえて来る。気絶する程のドキドキの中、蓋を開き、中身を確認した。
「ある、丁度三枚だ…」僕はお札を握りしめ、今度は台所を通らずに、正面玄関のほうから、逃げるように自宅を後にし、再び秋祭りが開催されている護念寺へと向かった。

手に入れたお金をオヤジに渡すと、約束通りにゾイドと交換してくれた。だが、渡したお札を見るなり、オヤジの様子が急変した。「おい僕、こんな大金一体どうしたんや?オッチャンが欲しかったのは千円札三枚やぞ!」そう、僕が渡したのは確かにお札三枚なのだが、なんと、どれも万札だったのである。当時の僕にお札の違いなんてわからなかった。オヤジはこんな坊主が三万円も持ってきた事を不審に思い、問いつめて来た。そのただ事ではない表情から、僕も怖くなって、泣きながら全てを白状した。

「僕、一緒にいってやるから、家の人に謝りに行こう。」僕はオヤジに付き添われ、自宅に連行され、ついに御用となった。母さんからこっぴどく叱られ、兄弟からは千円札と万札のちがいもわからない阿呆、と辱めを受けた。家中の人から「穴蔵や」「穴蔵や」と脅され、案の定仕事から帰ってきた父さんに、穴蔵に閉じ込められた。僕は暗闇の恐怖の中で「ゾイドを買ってくれないのが悪いんだ。」と強烈な苛立を感じ(逆ギレ)、当時の身体能力を駆使し、穴蔵の中で壁を蹴る殴るなどして、体力の続く限り存分に暴れ回った。どれくらい時間が経過したのか、次第に暗闇の中でも目が慣れて来て、ようやく気持ちも落ち着いて来た。手持ち無沙汰になった僕は、穴蔵に片付けてあった、緑色の羽根をつけた扇風機の風速切り替えボタンを連打した。

穴蔵の外で待っていた父さんが、15分程で急に中が静まりかえったので、どこかに頭でも打って倒れたのでは、と心配になり、急いで扉を開けた所、前越少年は疲れ果てて、気持ち良さげにグッスリ眠っていたそうだ。まったく、親の心子知らずである。

秋フェス (一)

9 月 18th, 2009 § 0

九月も中旬になると、各地で秋祭りが催される。
近所の商店街にもピンクと白の提灯がきれいに並んでいる。
バンドのスタジオが終わって、電車を乗り継ぎ、ビール片手に家路に着く。家は商店街の外れにあるので、いつもならポツポツと街灯がともっているだけだが、この何日かは提灯の優しい明かりが僕を迎えてくれる。何というか、とても、ほっこりする。

小学生の頃、実家の近所の護念寺でも年に一度のお祭りが開催された。宿題をやらなければお祭りには行かせてもらえないので、この時期だけはきちんとドリルをやっていた覚えがある。その年も、お小遣い五百円を握りしめ、同級生と待ち合わせをして護念寺へ、目的はもちろんくじ引きだ。そこで僕は目を見張った。ぞ、ゾイドがある。先日友人の日高に自慢気に見せびらかされた、組み立て式の恐竜のおもちゃだ。欲しい。喉から手が出る程欲しい。僕は喉から出て来た手で、くじ屋のオヤジに百円を渡して勝負に出た。だが、そう簡単にアタリが出るはずもなく、癇癪玉やたこせんがたまる一方だった。もう後にも引けなくなり、結局、全額くじに投資し、手元に残った財産は低学年の奴らが喜ぶ、子供騙しのアイテムばかり。ふざけるな、僕は中学年だぞ。涙目になりながらも、まだ諦めきれずに、くじ屋の軒先でふて腐れていると、くじ屋のオヤジが声をかけて来た。「どうした?、僕。」

僕は答えた。「どうしてもゾイドが欲しい」と。